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心に風が吹くラブストーリー-「ライオンハート」

皆さんは、本を読んだ後、なにとなく爽やかな気持ちなった経験はありませんか。

 

僕にとって、その本は恩田陸の「ライオンハート」です。

 

 

ライオンハート (新潮文庫)

ライオンハート (新潮文庫)

 

 

この作品は大学の頃に一度読ませていただいたものですが、無性にもう一度読みたくなったので、再度読み返しました。

 

というのも、私はこの「ライオンハート」のような世界観が非常に好きなのです。笑

 

恩田陸といえば、「六番目の 小夜子」や「夜のピクニック」などが有名だと思います。しかし、この「ライオンハート」も負けていません。

 

前世の縁、生まれ変わり、そこから複雑に絡み合う運命。伏線や仕掛けも十分にあり、一気に読んでしまいました。

 

藤田和日郎の「からくりサーカス」を好きな方は、本書と主題が似ているので、是非とも読んでほしいです。

 

 

 

自分がまるで劇場にいるような感覚に陥り、最後には握手までしてしまいそうな読後感を味わえます。

 

正直に言いまして、今まで読んだラブストーリーの中でダントツだと感じました(かなりの独断と偏見ですが…)。

 

 皆さんの気持ちを爽やかにさせる本は何ですか。

安部公房の秀逸な短編集-「無関係な死・時の壁」

今回読ませていただいたのは、新潮文庫から出されている安部公房の短編集

「無関係な死・時の壁」

です。

 

無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

無関係な死・時の崖 (新潮文庫)

 

 

本書は、過去に様々な雑誌に掲載された安部公房の短編を厳選してまとめたもとです。

 

安部公房といえば、現実と空想の世界をごちゃ混ぜにしてリンクさせ、そこから現実批判をする前衛的な作家、というイメージを私は持っています。

 

今回の短編集では、そのような幻想的な要素よりも現実的な小説が多いです。

 

本書のなかで私が気に入ったのは

「誘惑者」「なわ」「無関係な死」

です。

 

「誘惑者」

追跡者と逃亡者の物語です。

追跡者は逃亡者の居所を掴みたいために、逃亡者の風貌など真似をして遂に追い詰めます。

しかし、真似をし過ぎた結果、最悪な結果に…

 

追跡者でありながら逃亡者の心境に置いている。その感情をうまく表現しています。

 

「なわ」

この作品は、無理心中する家族を描いた作品です。

子犬となわを使い、父親への殺人予行練習をする姉妹。

幼いが用意周到に殺人の準備をする姉妹に何処と無く悲しさが感じられます。

 

「無関係な死」

自分の家の玄関に自分とはまったく関係ない死体が放置されていた男の物語です。

能動的ではない死体にいつの間にか追い詰められていく男の姿が現代人の姿と重なります。

 

先程にも述べたように、安部公房の作品は幻想的なものが多いですが、今回の短編集のように現実的なストーリーも多くあります。

皆さんはどちらが安部公房らしいと感じますか?

 

三島由紀夫の考える「命」とは?-「命売ります」

 「命」とは、「人生」とはなんなのでしょう。

 

今回紹介するのは、三島由紀夫の「命売ります」です。

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

 

三島由紀夫といえば「金閣寺」などの純文学をイメージする方が多いと思いますが、今回の「命売ります」などのシュールな作品も多く残しています。

 

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三島由紀夫安部公房と仲が良いと言われていました。

 

そのためなのか、「命売ります」は、少し安部公房っぽいと私は感じました笑。 

 

ざっとあらすじを紹介します。

 

主人公である羽仁男は、コピーライターとして働いていました。突如人生が無意味と感じ自殺を試みるが、失敗しました。しかし、自殺後、羽仁男は自分の人生に「自由」を感じていきます。それから、羽仁男は自分の命を誰かに売るようになり、様々な人から依頼を受けます。しかし、徐々に羽仁男は死ぬ事恐れていきます。

 

三島由紀夫の考える「命」とは?

 

三島由紀夫は、「命」を

「自分自身で使い勝手を決めれるものでなくてはいけない。」

と定義していたのではないか、と私は考えます。

 

「命売ります。」という広告は、一見自分の命を自分自身から放棄しているように見えます。しかし、「死ぬ」という事は、手段はどうであれ、自分自身で決定した事柄です。そのため、「命売ります。」という広告を出してない時は、当然ですが、「死ぬ」ことは自分自身が決定したことではないです。そのため、玲子に薬をもられて危うく死にそうになった時、羽仁男は

「いずれにしろ、俺の命は俺のものだよ。俺の意思で俺の命を売る分には、ちゃんと覚悟して売ってるつもりだ。他人の意思に左右されて、しらない間に一服盛られるのなんかマッピラ御免だ。」p208

と言っています。

 

また、それに伴い人生も

「自分自身の自由に出来るもの」であり

「決まりきったもの」

ではないと定義していると考えられます。

 

羽仁男は、命からがら監禁場所から逃げて、助けを求めた警察官に

「まともな人間というのはな、みんな家庭を持ち、せい一杯女房子を養っているもんだ。君の年で独り者で住所不定と来れば、社会的信用がないのはわかりそうなものじゃないか」
「俺が言うんじゃない。世間が言うのさ」p259

と言われ、強く反発しています。

 

 また、羽仁男が死のうと思ったきっかけに、新聞を読んでいると

 

「読もうとすると活字がみんなゴキブリになってしまう。読もうとすると、その活字が、いやにテラテラした赤黒い背中を見せて逃げてしまう。」

と感じ、

「ああ、世の中はこんな仕組みになってるんだな」 p8

と感じた事が挙げられます。

 

新聞は、本書では「日常」で「普通」の代名詞として使われています。

 

つまり、ざっくりいうと

「決まられた生活は生きる意味のないものであり、そのような社会に対して警鐘をあげている。」

ということになります。

 

 皆さんは「人生」をどのようにつかっていますか?

趣味、仕事、家族。人それぞれに比率は違うと思います。

しかし、大切なのは

「人生の選択を自分で決めること」

だと思います。

自分の人生は自分のものですからね。

 

そもそも「保守」ってどういう意味?-「保守主義とは何か-反フランス革命から現代日本まで」

保守主義ってなに?

 

このストレートな疑問に答えてくれるのが宇野重規氏著の

保守主義とはなにか-反フランス革命から現代日本まで」

です。 

 

 

 

宇野重規氏は、東京大学の現教授で、政治思想史、政治学史を専攻されている方です。

 

 「保守」と聞くと皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか。

高校生の頃は、私は「左翼」であり、天皇崇拝という安直なイメージを持っていました。

リベラルではなく、どちらかというと年配の方の考え方、というのが一般的だと思います(私の感覚では…)。

 

 さて、本書の目的は

「現代日本で保守主義を論じることの意義を根本的に問い直すこと」

とされています。

 

本書では、保守主義の歴史が各パートごとに時系列でまとめられており、非常にわかりやすいです。

 

保守主義の定義は?

②そもそも、保守主義は必要?

③日本における保守主義の現状は?

 

保守主義の定義とは?

 

様々はメディアで色々な使い方をされている「保守主義」。

どれが正統なのか定義し辛いですが、本書では本流に遡り、保守主義の始祖とされるエドモンド・バークの示したものが「保守主義」の本来の定義として話を進めています。

 

「単に過去に価値を見出す思考が全て保守主義と呼ばれるべきではない。」p155  

 

「変化一般に対する嫌悪や反発としての「伝統主義」とは明確に区別されなければならない。」p156

 

保守主義はあくまで自由という価値を追求するものであり、民主主義を完全に否定する反動や復古主義とは異なる。」p156

 

とされるように、保守主義とは、

1-具体的な制度や慣習を守っている。

2-そのような制度や慣習が歴史の中で培われてきたものだという自覚がある。

3-自由を維持することを大切にしている。

4-民主化を前提にしつつ、秩序ある漸進的な改革を目指す。

と述べられています。

 

②そもそも、保守主義は必要?

 

「現代の時代感覚を一言でいえば、「未来が見えない」ではなかろうか。」p205

 

と筆者が述べている通り、現代日本の未来は不透明であり、確かな自信となる碁盤が少ないと感じられます。 

 自分たちの伝統や文化にそのような碁盤がないと、精神的にも文化的にも成長し辛い状況となります。

 

「自己抑制と同時に変革への意欲を備える保守主義のダイナミズムは、羅針盤なき時代において、社会を考えていく上でのひとつの英知であり続けるだろう。」p206

 

そのような時代だからこそ、保守主義が必要となってきます。

 

③日本における保守主義の現状は?

 

日本には保守主義があるのでしょうか。

明治維新や戦争後の改革などにより、歴史が分断され、日本は保守主義の確立に難しい土壌であったといえます。

 

「戦後日本の保守主義を困難なものにしているのが、敗戦と占領という経験であることは間違いない。」p190

 

…結局のところ明確な保守主義が確立されなかった、と本書では述べられています。

 

明治憲法体制に内在する自由の論理を発展させることで民主化の要求に漸進的に応えてきたのが、日本の保守主義の真の「本流」であるともいえる。そうだとすれば、戦後憲法の定着のなかに、このような漸進的発展の延長をみることこそが、そのような「本流」を継承することになるのではなかろうか。」p190〜191

 

しかし、不可能という訳ではありません。「戦後経験」の反省をし、そこから何を学び、何を継承するかを考えることで、日本の保守主義は確立することができます。

「反省」させる事の意味とは-「反省させると犯罪者になります」

・反省させる事は必要なのか。

 

この興味深い主題に答えてくれるのが、岡本茂樹氏著の

「反省させると犯罪者になります」

です。

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

反省させると犯罪者になります (新潮新書)

 

 

こんにちは、おっつーです。

 

タイトルからして、批判を買いそうですよね。

しかし内容はとても深いです。

 

著者の岡本茂樹さんは、立命館大学の教授であり、刑務所内で受刑者のカウンセラー等も行われている方です。そのため、本書はそのような経験から書かれています。

 

それでは、「ざっくり書評」に移ります。

 

本書の主題は、大まかに言うと

「悪いことをした人を反省させると、さらに悪い方向にいってしまう。そのため、反省させない方がいい。」

という感じになります。

 

①反省は何故ダメなのか。

②では、どうすれば改善されるのか。

 

①何故反省はダメなのか。

 

「悪いことをしたら反省させる。」

これは社会の常識であり、また一番有効な方法として考えられています。

反省文を書かせたり、謝らせたりして、二度と同じことをやらないことを決意させて、それで終了…これが、反省の一連の流れです。

しかし、大半の人は何故か再度同じことをやってしまいます。場合によっては、更にひどい状況なることもしばしば。

 

「反省」とは、見る人がいて初めて「反省」として認められます。

「反省」はマイナスとなる言葉からは成り立ちません。

「反省させる」という行為によって、本音を抑圧させ、実際に事を起こした原因(加害者の心情)を分からなくさせてしまう。

 

そのため「反省させる」行為は、ダメなのです。

 

 ②では、どうすれば改善されるのか。

 

本書では、被害者側からではなく、加害者側(本人)からの心情を考えさせ、それを吐露させ、 何故そのような行動に出たのかを探っていく手法が良いと述べられています。

 

「反省文」などの手法では、先ほども述べたように、第三者の目を気にして表面的な反省しかせず、根本的な解決にならないためです。

 

また「しつけ」を頑張りすぎると、結果的に犯罪者を増やしてしまうとも述べています。

 

「りっぱなしつけ」とは、自分の子どもを「しっかりした子ども」にすることです。

 

それは一般的に、「我慢できる」、「1人で頑張れる」、「弱音を吐かない」、「人に迷惑をかけない」等の能力を育てることです。

 

しかし、このような能力を育てることは、結果的に、人と繋がったり、人に頼ったりする事を阻害してしまいます。

 

そうすると、自分自身の感情をうちに溜め込んでしまい、先ほど述べた「反省」の例と同じ現象になってしまいます。

 

そのため、まず自分自身の感情を吐き出させ、何故悪事を働いてしまったのかを考える手順を取るべきだとされます。

 

私は筆者の考えに「大賛成」です。

正直にいって、私は子ども時代、よく先生に叱られました。自分が悪いこともありましたが、全くそうでない時も多々ありました。その度に謝ったり、反省文を書かされていたものです。社会人になっても、研修時に反省文を書かされました。(因みに、私の同期の3/4は反省文を書きました。)

しかし、根本的な解決になったかといえば、答えは「No」です。正直、その時自分が悪いと思っていませんでした笑。(今も思っていません笑)

今現在の日本教育ではいつか爆発すると思います。

どうするべきか。皆で考える時代が来だと思います。

 

良質な読書技術とは何か。−「本を読む本」

・本の読み方を詳しく知りたい。

・もっと構造的に読みたい

 

そのような人にオススメなのが

「本を読む本」

 

本を読む本 (講談社学術文庫)

本を読む本 (講談社学術文庫)

 

読書初心者の方には少し文章の解読(内容は至極初心者に優しいですが。)が難しいと感じたため、読書中級者の方にオススメです。

 

本書の目的は

「読むに値する良書を、知的かつ積極的に読むための規則を述べたもの。」

とされているように、実践的な内容となっております。

 

どのようにすれば良い読者となれるか。

その事を、方法も含めて詳しく書かれています。

 

それで、ざっくり書評に移りたい思います。

 

この本を読んで、私自身がキー・ワードだと感じた点は

①積極的読書

②本を正しく批評する必要性

③シントピカル読者

の3点についてです。

 

 ①積極的読書の必要性

読むという行為は、受動的ではなく、むしろ積極的な行為です。

 

著者は、読書をキャッチボールにたとえてます。

 

「書き手の伝えたいと思っていることが、読み手のミットにすっぽりおさまったとき、初めてコミュニケーションが成立する。」p18

 

読み手にも「キャッチする」という行為が必要であり、その技術も必要となります。

 

では何故積極性も必要なのか。

 

本書の目的の一つに

「読むことによって理解を深める」

ための方法の提示があります。

 

「理解を深めるための読書は、どういう場合に必要となるのだろうか。それは、はじめから読み手と書き手の「理解の深さに差がある」場合である。」p20

 

「自分の理解を上まわる本を読みなおすことによって、読み手は理解を深めていくのである。」p20

 

「読み手が積極的に本にはたらきかけて「浅い理解からより深い理解へ」と、読み手自身を引き上げていく」必要がある。」 p19

 

このように、深い理解には積極的に本への接触が必要だということがわかります。

 

②本を正しく批評する必要性

 

私自身、大学在籍時、多くの本を読みました。しかし、人から、そこからなにが学べたのかと言われると、正確に答えることが出来ませんでした。そこに「批評」という振り返りがなかったためです。本書では「批評」のことを「著者に語り返すこと」と述べており、「読者の義務」だ、とも述べています。 

 

そのような批評を行う上で、3つの規則が存在します。

 

1-「まず、〈この本がわかった〉と、ある程度、確実に言えること。そのうえで、〈賛成〉、〈反対〉、〈判断留保〉の態度を明らかにすること」p150

 

2-「反論は筋道を立ててすること、けんか腰はよくない」p153

 

3-「いかなる判断にも、必ずその根拠を示し、知識と単なる個人的な意見の区別を明らかにすること」p158

 

 ③シントピカル読者

 

シントピカル読者とは、比較読書法のことであり、一冊だけではなく、一つの主題について何冊もの本を相互に関連づけて読むことです。

 

著者はこれを「もっとも高度な読書レベル」だと定義しています。

このようなシントピカル読者をすることにより、一つのテーマを多角的に見て、様々な角度からの思考が可能となります。

 

これには多大な時間がかかり、かなり骨の折れる作業です。しかし、著者はこの「シントピカル読書」がもっとも報われる読書技術だと述べています。

 

読後…

読み終わって、筆者がやるべきだとする規則が非常に多いことが印象に残りました。

読書って、案外難しいと自分も感じます。小説でさえも、著者の伝えようとしていることがハッキリと理解できないことも多々ありますよね。シュールな作品は特に…

読書技術は大切だと感じますね!

 

 

 

 

開かれる建築

こんにちは、おっつーです。

 

今回読ませていただいたのは

「開かれる建築ー「民主化」の作法」

です。

 

ひらかれる建築: 「民主化」の作法 (ちくま新書 1214)

ひらかれる建築: 「民主化」の作法 (ちくま新書 1214)

 

 

著者は、現在東京大学大学院の教授である松村秀一さんです。

 

建築って不思議な魅力がありますよね。

人が住む場所で、効率性を追求しながらも、芸術的な要素も取り入れる必要があります。

一時期、建築士を目指そうかとも思いましたが、大学が文系だったため、諦めました…笑

 

さて、さっそく「ざっくり書評!」に入ります。

今回のキーワードは

①本書のテーマは?

②建築の民主化とは?

③建築の民主化実現のために何をすべきか。

 

①本書のテーマは?

 

題名で

「開かれる建築ー「民主化」の作法」

と書かれていますが…なんとなく、「建築は専門家のためではなく、もっと一般人のためにあるべきだ!」ということがイメージされます。

本書は、少し専門的な用語が多く、そのため建築の知識0の人には、民主化という主題が少しブレて読みづらく感じると思います(かくいう自分もそうなのですが…)。

ざっくり言いますと、

民主化」という観点から建築の歴史を振り返り、そこから「(一般人に)開かれた建築」の実現のためのヒントを見つけ出し、その実現のために何をすればいいのかを明らかにすること」

が本書の目的です。

 

②建築の民主化とは?

 

さて、本題に入っていきたいと思います。 

著者は、建築が民主化する過程に3つの世代が存在すると述べています。

1-第一世代の民主化

 

この世代は建築にとっての「近代」と言い換えることができます。

個人個人が健全な生活を送れるように、模範となる優れた建物を案出し、それを量産することにより、だれでも家に居住できることを目指したのが、この世代です。

要は、「建築の工業化」が成された時代ということでしょうか。

 

2-第二世代の民主化

 

第一世代の民主化の目的がある程度達成されると、次に第二世代の民主化が訪れます。

第二世代の民主化では、「人間のための工業化」が目指され、そのための選択の自由が必要

 だとされます。

「人間のための工業化」とは、生産者側の事情に支配された工業化ではなく、現代的な工業化技術を有効に活用しながらも、住み手に主体性を置き、住み手と住まいの間の自然な関係を取り戻すこと、だと述べられています。

 

「人間のための工業化」は、市場をオープンにして、住まいを我々住み手にとって身近な単位に分解して工業化し、それを好き好きに選択して組み合わせるというシステムで実現できます。

 

3-第三世代の民主化

 

そして現在が、第三世代の民主化が行われている時代となります。

今までの二つの世代を通じて蓄積されてきた十分な量の建築と技術や知識を利用し、それぞれの人が、自身の生き方を豊かに展開する「場」を作ること、それが第三世代の目的です。

 

 ③建築の民主化実現のために何をすべきか

 

では、開かれた建築実現のためには、なにが必要なのか。

 
1、利用する空間資源の改良の必要性の判断やその方法自体の提供
2.既存の技術や知識の収集と編集

3.生活者が「場」創りの際に使いやすい材料、技術、ファイナンス、政策をまとめて提供
4.「場」を創ることがよりよく育つのに、どのような環境をどう整えることが有効なのか、を模索する。

 

以上が本書のざっくりとした内容となります。

 

本書のなかで、私が一番面白いと感じた箇所(本書のテーマとは少しずれますが…)は、日本の伝統的な「畳割の文化」が、日本人の建築の民主化を手伝っている、という主張です。
日本人は、部屋の大きさを畳の数で表現します。日本人からみたら突然ですが、外国人にとっては驚くべきことらしいです。
私たちは畳の数を言われただけで、部屋の大体のイメージがわかりますよね。
それこそが、建築が一般に開かれている証拠であり、民主化の一助となってくれました。

 

いま、多くの空き部屋がありますよね。

最近、不動産屋に行きましたが、空室自体は結構あるらしいです(人気の場所は少ないですが…)。

それを有効活用して、貧困対策に使用したり、地域活性化の一助としたりと、今後はそのような活動を行なっていく必要がありますね。

 

私は団地の空室を利用した商店街を提案します。団地で商店街を開けば、高齢者も簡単に利用できますし、何より高齢者の孤立化も防げると思います(勿論、騒音問題もありますが…)。

みなさんはどんな使用方法を思いつきますか。

それではまた!