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三島由紀夫の考える「命」とは?-「命売ります」

 「命」とは、「人生」とはなんなのでしょう。

 

今回紹介するのは、三島由紀夫の「命売ります」です。

命売ります (ちくま文庫)

命売ります (ちくま文庫)

 

三島由紀夫といえば「金閣寺」などの純文学をイメージする方が多いと思いますが、今回の「命売ります」などのシュールな作品も多く残しています。

 

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三島由紀夫安部公房と仲が良いと言われていました。

 

そのためなのか、「命売ります」は、少し安部公房っぽいと私は感じました笑。 

 

ざっとあらすじを紹介します。

 

主人公である羽仁男は、コピーライターとして働いていました。突如人生が無意味と感じ自殺を試みるが、失敗しました。しかし、自殺後、羽仁男は自分の人生に「自由」を感じていきます。それから、羽仁男は自分の命を誰かに売るようになり、様々な人から依頼を受けます。しかし、徐々に羽仁男は死ぬ事恐れていきます。

 

三島由紀夫の考える「命」とは?

 

三島由紀夫は、「命」を

「自分自身で使い勝手を決めれるものでなくてはいけない。」

と定義していたのではないか、と私は考えます。

 

「命売ります。」という広告は、一見自分の命を自分自身から放棄しているように見えます。しかし、「死ぬ」という事は、手段はどうであれ、自分自身で決定した事柄です。そのため、「命売ります。」という広告を出してない時は、当然ですが、「死ぬ」ことは自分自身が決定したことではないです。そのため、玲子に薬をもられて危うく死にそうになった時、羽仁男は

「いずれにしろ、俺の命は俺のものだよ。俺の意思で俺の命を売る分には、ちゃんと覚悟して売ってるつもりだ。他人の意思に左右されて、しらない間に一服盛られるのなんかマッピラ御免だ。」p208

と言っています。

 

また、それに伴い人生も

「自分自身の自由に出来るもの」であり

「決まりきったもの」

ではないと定義していると考えられます。

 

羽仁男は、命からがら監禁場所から逃げて、助けを求めた警察官に

「まともな人間というのはな、みんな家庭を持ち、せい一杯女房子を養っているもんだ。君の年で独り者で住所不定と来れば、社会的信用がないのはわかりそうなものじゃないか」
「俺が言うんじゃない。世間が言うのさ」p259

と言われ、強く反発しています。

 

 また、羽仁男が死のうと思ったきっかけに、新聞を読んでいると

 

「読もうとすると活字がみんなゴキブリになってしまう。読もうとすると、その活字が、いやにテラテラした赤黒い背中を見せて逃げてしまう。」

と感じ、

「ああ、世の中はこんな仕組みになってるんだな」 p8

と感じた事が挙げられます。

 

新聞は、本書では「日常」で「普通」の代名詞として使われています。

 

つまり、ざっくりいうと

「決まられた生活は生きる意味のないものであり、そのような社会に対して警鐘をあげている。」

ということになります。

 

 皆さんは「人生」をどのようにつかっていますか?

趣味、仕事、家族。人それぞれに比率は違うと思います。

しかし、大切なのは

「人生の選択を自分で決めること」

だと思います。

自分の人生は自分のものですからね。