心の歪み、人との繋がり−「しゃぼん玉」
今回紹介するのは、乃南アサの「しゃぼん玉」です。
本書は、「人の心の歪みと、その歪みの修正」をテーマとし、人の暖かさを知ることにより人生のやり直しを決意する少年の物語です。
ざっくりとしたあらすじ
通り魔や強盗を繰り返してきた伊豆見翔人は、ある日強盗の途中で人を刺してしまう。そのため逃亡を行い、その途中で宮崎県の椎葉村に迷い込んでしまう。そこで怪我をした老婆であるスマを助け、そのことがキッカケで椎葉村に居候することになる。最初は人の愛が知らぬが故に歪んでいた翔人の心は村人と接するに連れて徐々に変化していく…
題材や物語の結末は結構ありきたりですが、特筆すべきは、翔人の感情の変化が詳細に描かれていることです。
村人たちの優しさに触れ何度も心の歪みが直りそうでしたが、それを自分で抑えてしまう。青年期にはありがちな自己否定。それをうまく表現しています。
何故、翔人の心は歪み始めたのでしょうか。
原因無くして結果は生まれません。
人間は何かしら外部から影響を受けて 、変化します。
何を持って「心が歪んでいる」と定義するかは難しいところですが、一般的に
・非道徳的で非人道的な行為を平気で出来る人
のことを「心が歪んでいる」というのではないでしょうか。
主人公の翔人の場合、家族関係が原因で心が歪み始めました。
まあ人との繋がりですね。
岩井俊二監督の映画作品である
では、主人公である蓮見雄一の友人である星野修介は、沖縄の自然に触れて突如暴力的になります。
きっかけは人それぞれですね。
2017年の春には映画化もされます。主役として抜擢されてのは、映画「バッテリー」などで主役を演じた「林遣都」さんです。芸人のピース又吉原作の「花火」にも出演していますね。
個人的には「菅田将暉」さんに演じて欲しかったですね。なんとなく、主人公の「伊豆見翔人」とイメージが重なり、はまり役ではないかと思ったためです。(私だけでしょうか…笑)
皆さんは自分の心は歪んでいると思いますか。
私は捻くれ者なので、半分ぐらい歪んでいるかもしれません。笑
超個性派柔道部員によるラブコメディ-「いでじゅう」
こんにちは。
今回紹介するのは漫画です。今までは小説や新書を紹介してきましたが、ブログのタイトルが
「ざっくり書評」
ということで、ざっくり言えば漫画も本に入る、と自分勝手な解釈で漫画もちょくちょく紹介していきます。笑
今回紹介するのは、週間少年サンデーで連載されていた個性派柔道部員によるハートフルコメディ「いでじゅう!」です。
私が中学生の頃に読んで爆笑した記憶があります。
正式名称は、「県立伊手高校柔道部物語・いでじゅう!」で、作者は「モリタイシ」さんです。
なんでも、モデルは作者である「モリタイシ」さんの出身校である「三重県立伊勢高等学校」だとか。
正直に言いまして、この漫画に柔道的な要素を期待しないでください。あくまでラブコメディとして読んでください。笑
主人公である林田亀太郎は、柔道に対して熱烈な熱意を持って入部した。しかし、3年生が引退してしまい、2年生もいなかったため(本当は幽霊部員としているのですが)突如部長を任されることになる。しかし、残った1年生の部員はどれも個性派ぞろい。そんな時、林田が密かに想いを寄せる森桃里がひょんな事がキッカケで柔道部に入部することになる。物語はそこから林田たちが卒業する時まで続く。
この本の魅力は、何と言っても、個性派登場人物たちによる爆発力のあるギャグとストーリーの全体的なゆるさ、そして林田亀太郎とヒロインである森桃里の甘くて切ない恋愛模様です。
1巻はまだ連載直後で作者の硬さもあるのか、「いでじゅう!」特有の爆発的なギャグやストーリーのテンポも少し弱いと感じました。
しかし、安心してください。
2巻以降はもう止まりません!
全13巻ということもあって、気軽に読むことが出来ます。
・とにかく青春マンガが読みたい!
・ギャグマンガってわけわからないものが多いから抵抗ある…
こんな人にオススメです。
皆さんはどんなギャグ漫画が好きですか?
心に風が吹くラブストーリー-「ライオンハート」
皆さんは、本を読んだ後、なにとなく爽やかな気持ちなった経験はありませんか。
この作品は大学の頃に一度読ませていただいたものですが、無性にもう一度読みたくなったので、再度読み返しました。
というのも、私はこの「ライオンハート」のような世界観が非常に好きなのです。笑
恩田陸といえば、「六番目の 小夜子」や「夜のピクニック」などが有名だと思います。しかし、この「ライオンハート」も負けていません。
前世の縁、生まれ変わり、そこから複雑に絡み合う運命。伏線や仕掛けも十分にあり、一気に読んでしまいました。
藤田和日郎の「からくりサーカス」を好きな方は、本書と主題が似ているので、是非とも読んでほしいです。
からくりサーカス 全43巻 完結コミックセット (少年サンデーコミックス)
- 作者: 藤田和日郎
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2010/01
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自分がまるで劇場にいるような感覚に陥り、最後には握手までしてしまいそうな読後感を味わえます。
正直に言いまして、今まで読んだラブストーリーの中でダントツだと感じました(かなりの独断と偏見ですが…)。
皆さんの気持ちを爽やかにさせる本は何ですか。
安部公房の秀逸な短編集-「無関係な死・時の壁」
今回読ませていただいたのは、新潮文庫から出されている安部公房の短編集
「無関係な死・時の壁」
です。
本書は、過去に様々な雑誌に掲載された安部公房の短編を厳選してまとめたもとです。
安部公房といえば、現実と空想の世界をごちゃ混ぜにしてリンクさせ、そこから現実批判をする前衛的な作家、というイメージを私は持っています。
今回の短編集では、そのような幻想的な要素よりも現実的な小説が多いです。
本書のなかで私が気に入ったのは
「誘惑者」「なわ」「無関係な死」
です。
「誘惑者」
追跡者と逃亡者の物語です。
追跡者は逃亡者の居所を掴みたいために、逃亡者の風貌など真似をして遂に追い詰めます。
しかし、真似をし過ぎた結果、最悪な結果に…
追跡者でありながら逃亡者の心境に置いている。その感情をうまく表現しています。
「なわ」
この作品は、無理心中する家族を描いた作品です。
子犬となわを使い、父親への殺人予行練習をする姉妹。
幼いが用意周到に殺人の準備をする姉妹に何処と無く悲しさが感じられます。
「無関係な死」
自分の家の玄関に自分とはまったく関係ない死体が放置されていた男の物語です。
能動的ではない死体にいつの間にか追い詰められていく男の姿が現代人の姿と重なります。
先程にも述べたように、安部公房の作品は幻想的なものが多いですが、今回の短編集のように現実的なストーリーも多くあります。
皆さんはどちらが安部公房らしいと感じますか?
三島由紀夫の考える「命」とは?-「命売ります」
「命」とは、「人生」とはなんなのでしょう。
今回紹介するのは、三島由紀夫の「命売ります」です。
三島由紀夫といえば「金閣寺」などの純文学をイメージする方が多いと思いますが、今回の「命売ります」などのシュールな作品も多く残しています。
そのためなのか、「命売ります」は、少し安部公房っぽいと私は感じました笑。
ざっとあらすじを紹介します。
主人公である羽仁男は、コピーライターとして働いていました。突如人生が無意味と感じ自殺を試みるが、失敗しました。しかし、自殺後、羽仁男は自分の人生に「自由」を感じていきます。それから、羽仁男は自分の命を誰かに売るようになり、様々な人から依頼を受けます。しかし、徐々に羽仁男は死ぬ事恐れていきます。
・三島由紀夫の考える「命」とは?
三島由紀夫は、「命」を
「自分自身で使い勝手を決めれるものでなくてはいけない。」
と定義していたのではないか、と私は考えます。
「命売ります。」という広告は、一見自分の命を自分自身から放棄しているように見えます。しかし、「死ぬ」という事は、手段はどうであれ、自分自身で決定した事柄です。そのため、「命売ります。」という広告を出してない時は、当然ですが、「死ぬ」ことは自分自身が決定したことではないです。そのため、玲子に薬をもられて危うく死にそうになった時、羽仁男は
「いずれにしろ、俺の命は俺のものだよ。俺の意思で俺の命を売る分には、ちゃんと覚悟して売ってるつもりだ。他人の意思に左右されて、しらない間に一服盛られるのなんかマッピラ御免だ。」p208
と言っています。
また、それに伴い人生も
「自分自身の自由に出来るもの」であり
「決まりきったもの」
ではないと定義していると考えられます。
羽仁男は、命からがら監禁場所から逃げて、助けを求めた警察官に
「まともな人間というのはな、みんな家庭を持ち、せい一杯女房子を養っているもんだ。君の年で独り者で住所不定と来れば、社会的信用がないのはわかりそうなものじゃないか」
「俺が言うんじゃない。世間が言うのさ」p259
と言われ、強く反発しています。
また、羽仁男が死のうと思ったきっかけに、新聞を読んでいると
「読もうとすると活字がみんなゴキブリになってしまう。読もうとすると、その活字が、いやにテラテラした赤黒い背中を見せて逃げてしまう。」
と感じ、
「ああ、世の中はこんな仕組みになってるんだな」 p8
と感じた事が挙げられます。
新聞は、本書では「日常」で「普通」の代名詞として使われています。
つまり、ざっくりいうと
「決まられた生活は生きる意味のないものであり、そのような社会に対して警鐘をあげている。」
ということになります。
皆さんは「人生」をどのようにつかっていますか?
趣味、仕事、家族。人それぞれに比率は違うと思います。
しかし、大切なのは
「人生の選択を自分で決めること」
だと思います。
自分の人生は自分のものですからね。
そもそも「保守」ってどういう意味?-「保守主義とは何か-反フランス革命から現代日本まで」
・保守主義ってなに?
このストレートな疑問に答えてくれるのが宇野重規氏著の
です。
保守主義とは何か - 反フランス革命から現代日本まで (中公新書)
- 作者: 宇野重規
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2016/06/21
- メディア: 新書
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宇野重規氏は、東京大学の現教授で、政治思想史、政治学史を専攻されている方です。
「保守」と聞くと皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか。
高校生の頃は、私は「左翼」であり、天皇崇拝という安直なイメージを持っていました。
リベラルではなく、どちらかというと年配の方の考え方、というのが一般的だと思います(私の感覚では…)。
さて、本書の目的は
「現代日本で保守主義を論じることの意義を根本的に問い直すこと」
とされています。
本書では、保守主義の歴史が各パートごとに時系列でまとめられており、非常にわかりやすいです。
①保守主義の定義は?
②そもそも、保守主義は必要?
③日本における保守主義の現状は?
①保守主義の定義とは?
様々はメディアで色々な使い方をされている「保守主義」。
どれが正統なのか定義し辛いですが、本書では本流に遡り、保守主義の始祖とされるエドモンド・バークの示したものが「保守主義」の本来の定義として話を進めています。
「単に過去に価値を見出す思考が全て保守主義と呼ばれるべきではない。」p155
「変化一般に対する嫌悪や反発としての「伝統主義」とは明確に区別されなければならない。」p156
「保守主義はあくまで自由という価値を追求するものであり、民主主義を完全に否定する反動や復古主義とは異なる。」p156
とされるように、保守主義とは、
1-具体的な制度や慣習を守っている。
2-そのような制度や慣習が歴史の中で培われてきたものだという自覚がある。
3-自由を維持することを大切にしている。
4-民主化を前提にしつつ、秩序ある漸進的な改革を目指す。
と述べられています。
②そもそも、保守主義は必要?
「現代の時代感覚を一言でいえば、「未来が見えない」ではなかろうか。」p205
と筆者が述べている通り、現代日本の未来は不透明であり、確かな自信となる碁盤が少ないと感じられます。
自分たちの伝統や文化にそのような碁盤がないと、精神的にも文化的にも成長し辛い状況となります。
「自己抑制と同時に変革への意欲を備える保守主義のダイナミズムは、羅針盤なき時代において、社会を考えていく上でのひとつの英知であり続けるだろう。」p206
そのような時代だからこそ、保守主義が必要となってきます。
③日本における保守主義の現状は?
日本には保守主義があるのでしょうか。
明治維新や戦争後の改革などにより、歴史が分断され、日本は保守主義の確立に難しい土壌であったといえます。
「戦後日本の保守主義を困難なものにしているのが、敗戦と占領という経験であることは間違いない。」p190
…結局のところ明確な保守主義が確立されなかった、と本書では述べられています。
「明治憲法体制に内在する自由の論理を発展させることで民主化の要求に漸進的に応えてきたのが、日本の保守主義の真の「本流」であるともいえる。そうだとすれば、戦後憲法の定着のなかに、このような漸進的発展の延長をみることこそが、そのような「本流」を継承することになるのではなかろうか。」p190〜191
しかし、不可能という訳ではありません。「戦後経験」の反省をし、そこから何を学び、何を継承するかを考えることで、日本の保守主義は確立することができます。
「反省」させる事の意味とは-「反省させると犯罪者になります」
・反省させる事は必要なのか。
この興味深い主題に答えてくれるのが、岡本茂樹氏著の
「反省させると犯罪者になります」
です。
こんにちは、おっつーです。
タイトルからして、批判を買いそうですよね。
しかし内容はとても深いです。
著者の岡本茂樹さんは、立命館大学の教授であり、刑務所内で受刑者のカウンセラー等も行われている方です。そのため、本書はそのような経験から書かれています。
それでは、「ざっくり書評」に移ります。
本書の主題は、大まかに言うと
「悪いことをした人を反省させると、さらに悪い方向にいってしまう。そのため、反省させない方がいい。」
という感じになります。
①反省は何故ダメなのか。
②では、どうすれば改善されるのか。
①何故反省はダメなのか。
「悪いことをしたら反省させる。」
これは社会の常識であり、また一番有効な方法として考えられています。
反省文を書かせたり、謝らせたりして、二度と同じことをやらないことを決意させて、それで終了…これが、反省の一連の流れです。
しかし、大半の人は何故か再度同じことをやってしまいます。場合によっては、更にひどい状況なることもしばしば。
「反省」とは、見る人がいて初めて「反省」として認められます。
「反省」はマイナスとなる言葉からは成り立ちません。
「反省させる」という行為によって、本音を抑圧させ、実際に事を起こした原因(加害者の心情)を分からなくさせてしまう。
そのため「反省させる」行為は、ダメなのです。
②では、どうすれば改善されるのか。
本書では、被害者側からではなく、加害者側(本人)からの心情を考えさせ、それを吐露させ、 何故そのような行動に出たのかを探っていく手法が良いと述べられています。
「反省文」などの手法では、先ほども述べたように、第三者の目を気にして表面的な反省しかせず、根本的な解決にならないためです。
また「しつけ」を頑張りすぎると、結果的に犯罪者を増やしてしまうとも述べています。
「りっぱなしつけ」とは、自分の子どもを「しっかりした子ども」にすることです。
それは一般的に、「我慢できる」、「1人で頑張れる」、「弱音を吐かない」、「人に迷惑をかけない」等の能力を育てることです。
しかし、このような能力を育てることは、結果的に、人と繋がったり、人に頼ったりする事を阻害してしまいます。
そうすると、自分自身の感情をうちに溜め込んでしまい、先ほど述べた「反省」の例と同じ現象になってしまいます。
そのため、まず自分自身の感情を吐き出させ、何故悪事を働いてしまったのかを考える手順を取るべきだとされます。
私は筆者の考えに「大賛成」です。
正直にいって、私は子ども時代、よく先生に叱られました。自分が悪いこともありましたが、全くそうでない時も多々ありました。その度に謝ったり、反省文を書かされていたものです。社会人になっても、研修時に反省文を書かされました。(因みに、私の同期の3/4は反省文を書きました。)
しかし、根本的な解決になったかといえば、答えは「No」です。正直、その時自分が悪いと思っていませんでした笑。(今も思っていません笑)
今現在の日本教育ではいつか爆発すると思います。
どうするべきか。皆で考える時代が来だと思います。